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死者10万人の火事の原因を「江戸幕府」が隠ぺいしていた!?

日本史あやしい話2

 

■振袖を手に入れた娘がつぎつぎに死亡

 

 梅乃は16歳(17歳とも)のうら若き女性で、本郷の本妙寺に母とともに墓参りに出かけた際に寺の小姓と出会った。この同じ歳の美少年に惚れ込んだ梅乃、この日を境に、寝ても覚めても少年のことを思い起こすばかり。会えぬもどかしさが募って、とうとう寝込んでしまった。

 

 その身代わりにとの思いで仕立ててもらったのが、少年が身に纏っていたものと同じ柄の振袖(当時は男も振袖を着ていたとか)であった。それを搔き抱いて、もどかしさを紛らわせていたというのだ。それでも恋の病が癒されることなく、とうとう亡くなってしまった。その葬儀の際に棺に掛けられたのが、この振袖であった。

 

 当時、棺に掛けられた遺品は寺男たちのものとなって転売されるのが常。売りに出されていたこの振袖を買ったのが、上野の大増屋の娘・おきく(「きの」との説も)で、彼女もまた、梅乃と同じ16歳であった。奇妙にも、おきくもまた、すぐに病を得て亡くなってしまう。次にこの振袖を手に入れた、「いく」という娘までもが同じように亡くなってしまった。

 

 ここに及んで、とうとう寺男たちも恐怖に駆られたのだろう。護摩の火の中に振袖を投じてしまったのである。と、にわかに北風が吹き荒れ、火中に投じられたはずの振袖が、火を点けたまま空に舞い上がった。

 

 振袖は本堂の屋根に落ちて延焼、さらに火の粉が飛び火して、ついには江戸中を焼き尽くす大惨事を招いてしまった。これが、江戸三大火事の筆頭に数えられた明和の大火の発端だと、まことしやかに伝えられているのだ。

 

■出火元は老中の館だった?

 

 呪いがあるとすれば、発端となった振袖に、最初の所有者である梅乃の怨念が込められていたということになる。後にそれに袖を通した2人の女性たちの謎の死も、梅乃の実らぬ恋の果ての呪いの為せる技と考えられそう。成就せぬ恋の思い煩いが、このような恐ろしい事態を巻き起こしたのだと、当時の人々は、本当にそう思ったのだろう。

 

 ただし、明暦の大火に関しては、別の説があることも付け加えておこう。実は出火元は本妙寺ではなく、その隣の老中・阿部忠秋の館だったとか。幕府の権威が失墜することを恐れた幕府が、本妙寺に頼み込んで本妙寺が火元であったように細工したのだという説である。真相は不明ながらも、ありえない話ではなさそうだ。

 

 ちなみに、これとよく似た説話に、「八百屋お七」という物語がある。井原西鶴が『好色五人女』に記した物語だが、これをもとに月岡芳年が描いた絵が凄まじく、振袖姿のお七が火の見櫓(やぐら)に登る姿は圧巻だ。振袖を風になびかせ、必死の形相で駆け上がるお七。女の情念が、これでもかと言わんばかりに描かれている。

 

・画像…芳年『松竹梅湯嶋掛額』. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2023-05-12) ※歴史人編集部が結合・トリミング加工を施している

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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